「リシャYOGA」という名前が生まれたStory
- 2 日前
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「リシャ」という名前は、最初から意味を調べてつけた名前ではありません。
むしろ、その反対でした。
ずっと何年も前、インターネットで使うハンドルネームを何にしようかと考えていた頃のこと。
いろいろな名前を考えてみるのだけれど、どうしても「これ」というものが見つからない。
頭でいくら考えても、どこかしっくりこなかったのです。
そこで私は、
「私にしっくりくる名前は何だろう?」
そんな問いを自分の内側に置いて、瞑想してみることにしました。
すぐに答えを出そうとはせず、ただ問いだけを置いておく。
そして、そのことをすっかり忘れた頃。
ある日、いつものようにパソコンで文字を打っていました。
そのときです。
ミスタイピングで、
「リシャ」
という文字が画面に現れました。
ただの打ち間違いです。
けれど、その文字を見た瞬間、
「あ、これ!」
と、なぜか思ったのです。
考えたわけでも、意味を調べたわけでもありません。
ただ、
「これだ」
という感覚がありました。
「リシャ」という響きは、以前、大好きだった本の中に登場する女性の名前として出会ったことがあり、
そのときから心のどこかに、
「素敵な名前だな」という印象が残っていたのでしょう。
それが偶然のミスタイピングによって、ふっと目の前に現れた。
こうして「リシャ」は、私のハンドルネームになりました。
そして「リシャYOGA」へ
その後、
自分のヨガを表す名前として、
ある時、コミュニティの仲間たちと話していた時に、
「リシャYOGA」がいいと思うとよと言われて、
その名前を使うようになりました。
「リシャYOGA」
けれど、このときもまだ、
「リシャ」という言葉そのものにどんな意味があるのかを深く知っていたわけではありません。
ただ、自分にとって不思議なくらいしっくりくる名前だったのです。
ずっと後になって知った、「リシャ」の意味
それから私は、
「リシャという言葉には、もともと何か意味があるのだろうか?」
と思うようになり、
少しずつ、その語源を調べるようになりました。
調べていくと、
「結び目」や「紐」といった意味や、うお座の星「アルレシャ(Alrescha)」など、
さまざまな情報に出会いました。
なんとなくヨガっぽいなぁ・・・ヨガもつなぐって意味だしなぁなんて思ったりして。
そして、さらに辿っていった先で、
とても心惹かれる語源に出会いました。
Risha / Alrescha の語源とされるアラビア語の “ar-rishā’”。
そこには、
「井戸から水を汲み上げるための綱」
という意味がありました。
それを知ったとき、私は驚きました。
「なんて、ヨガニドラーに似ているのだろう」
と思ったのです。
井戸・・・水・・・汲み上げるためのロープ・・・
井戸は潜在意識、集合的無意識への入り口
水は感情、情報、生命の源・・・その象徴とも言える
井戸の底にある水は
真我(アートマン)、宇宙の根源的原理(ブラフマン)・・・
深い井戸から、水を汲み上げる
井戸は、
地上から覗いただけではその奥を見ることができません。
暗く、
深く、
普段は目にすることのできない世界。
けれど、その深い場所には、
私たちが生きるために欠かすことのできない「水」があります。
私はそこに、
人間の内側に広がる深い意識の世界を重ねるようになりました。
普段、私たちが考えていることよりももっと深いところ。
言葉になる前の感覚。
まだ気づいていない可能性。
本当はずっと知っていたこと。
そして、
自分の中に眠っている生命の力。
井戸の奥に水があるように、
私たちの深いところにも、
まだ表には現れていない大切なものが眠っているのかもしれません。
その水を、日常へ。
ヨガニドラーでは、
身体を深く寛がせ、
外側へ向かっていた意識を少しずつ内側へと導いていきます。
思考の声が静かになっていくと、
普段は聞こえなかった自分自身の小さな声に気づくことがあります。
「私は、本当はこうしたかった」
「なぜかわからないけれど、こちらに惹かれる」
「こんなふうに生きてみたい」
それは、
ずっと自分の中にあったものなのかもしれません。
ヨガニドラーは、
外側から何かを与えて別の自分になるためのものではなく、
自分自身の深いところへ還り、そこにあるものに触れていく時間。
実は、それば真我(アートマン)であり、宇宙の根源的原理(ブラフマン)なのです。
そこで出会ったものを、
現実の人生へと少しずつ表現していく。
私には、その姿が、
深い井戸へ一本のロープを下ろし、
そこにある水を丁寧に汲み上げてくる姿と重なります。
名前が先にやってきて、
意味はあとからやってきた。
振り返ってみると、
私は、
「井戸から水を汲み上げる綱」という意味を知って「リシャ」と名乗ったわけではありません。
瞑想の中で問いを置き、
その後、
何気ない日常の中で起こったひとつのミスタイピングから、
「リシャ」という名前に出会いました。
そして、ずっと後になって、
その言葉が持っていた意味と出会ったのです。
偶然だったのかもしれません。
心のどこかに残っていた名前を、無意識に打っただけなのかもしれません。
本当のところは、私にもわかりません。
でも私は、
こういうことも人生の面白さなのだと思っています。
頭ですべての意味を理解してから選ぶのではなく、
なぜかわからないけれど惹かれる。
なぜかわからないけれど、「これ」と感じる。
そして、その感覚を大切にして歩いていくと、
ずっと後になって、
「ああ、だから・・・こうだったのかもしれない」
と思える意味に出会うことがある。
それは、
私がヨガや瞑想を通して大切にしてきた感覚とも重なります。
リシャ YOGA
深い井戸の底にある水を、一本の綱で汲み上げるように。
自分自身の深いところへとつながり、
そこに眠っている
本来の力、
純粋な望み(真我の望み)、
小さなトキメキ、
まだ知らない可能性を、
少しずつ、この現実の人生へ。
そして、
それを自分らしく表現しながら人生を育てていく。
リシャ YOGAが、あなた自身の深いところへつながる一本のロープのような存在でありますように。
そんな想いを、
今、「リシャ」という名前に感じています。



































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